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☘️テレビドラマがロケ(2026年10月28日)
10月28日(水)に放映されたドラマ「ポリティカルパン」(フジテレビ 主演:石原さとみ)に豊島教会の聖堂が登場しました。 渡部篤郎さん演じる謎の情報通が、政党の裏金づくりをめぐって知り合いのジャーナリストと情報を交換する場面です。 渡部さん演じる人物の素性や、なぜ教会が情報交換の舞台となったのか、わかりませんが、今後明らかにされるかもしれません。 公式ホームページはこちら
2026年11月1日 年間第31主日
年間第31週・諸聖人の祝日(2026年は主日と重なっています) みことばのメッセージ 今日、私たちは諸聖人を祝います。 この祭日は、単に「昔の立派な聖人たち」を思い出す日ではありません。むしろ、私たち自身が何に招かれているのかを思い起こす日です。 今日のみことばは、聖性について三つの大切なことを教えています。 福音は、聖性とは何を生きることなのかを示します。 第一朗読は、誰が聖なる者となるのかを示します。 そして第二朗読は、なぜ私たちが聖性へと招かれているのかを示します。 その答えを先に言えば、私たちは聖なる神の子どもとしていただいたからです。 聖性とは、特別な人だけのものではありません。神との交わりに招かれているすべての人に開かれています。第二バチカン公会議が「教会における普遍的な聖性への召命」と呼んだのも、そのためです。聖フランシスコ・サレジオの言葉を借りるなら、「聖性は幻にあるのではなく、愛にある」のです。 今日の福音は、真福八端です。 「心の貧しい人々は幸いである。」「悲しむ人々は幸いである。」「柔和な人々は幸いである。」「義に飢え渇く人
2026年10月25日 年間第30主日
A年 第30主日 みことばのメッセージ みことばのメッセージ 今日の聖書朗読の中心にあるのは、「愛」です。しかし今日語られる愛は、単なる優しい気持ちや好意、感傷的なものではありません。むしろ、神との関係、隣人との関係、そして私たちの生き方全体を一つにまとめる根本原理としての愛です。 今日の福音で、律法の専門家がイエスに尋ねます。「先生、律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」 当時、モーセの律法には613もの掟があると数えられていました。その中でどれが一番大切なのか。これは簡単な問いではありません。 しかしイエスは迷わず答えます。「心を尽くし、魂を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」そして、尋ねられていないにもかかわらず、もう一つの掟を加えます。「隣人を自分のように愛しなさい。」 そして言われます。「律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている・かかっている。」 ここには、イエスの教えの大切な特徴があります。 普通なら、最も重要な掟として十戒の中から一つを選んでも不思議ではありません。十戒は神ご自身が民に与えられた、
2026年10月18日 年間第29主日
A年、 年間第29主日 みことばのメッセージ 私たちは、一人では生きていません。家庭があり、仕事があり、地域社会があり、国家があります。その中で私たちは、法律を守り、税金を払い、さまざまな責任を果たしながら生きています。しかしキリスト者にとって、いつも一つの問いがあります。私たちは、この世界に属する市民であると同時に、神に属する者でもあります。では、この二つをどのように両立させればよいのでしょうか。 初代教会の有名な『ディオグネトスへの手紙』は、キリスト者について印象的なことを語っています。キリスト者は他の人々と同じ町に住み、同じ服を着て、同じ食事をし、社会の決まりに従って生活する。しかし、「地上に住みながら、その国籍は天にある」。そして、「魂が身体の中にあるように、キリスト者は世界の中にいる」と言います。つまり、キリスト者とは、この世界から逃げる人ではありません。社会の中に生き、社会の責任を果たす。しかし同時に、この世の価値観にすべてを明け渡すわけでもないのです。 今日の第一朗読に登場するペルシア王キュロスは、そのことを考えるうえで興味深い人
2026年10・11月号 巻頭言
『 復活のいのち 』 主任司祭 使徒ヨハネ 田中 昇 ≪カタコンベに見る復活への希望≫ 皆さんは、ローマにあるカタコンベをご存じでしょうか。カタコンベは、アッピア街道沿いだけでなく、ローマ市内の古い聖堂の周辺などにも存在しています。ローマには、旧市街地区を除いても63か所ものカタコンベがあるといわれています。カタコンベとは、一般に 「地下墓地」 を意味する言葉です。実は、こうした地下墓地はキリスト教徒だけのものではありません。ユダヤ教徒や異教徒の墓地も存在し、互いに隣接している場合もあります。しかし、墓地を表す言葉には興味深い違いがあります。古代の墓地は、ギリシア語で 「ネクロポリス」(死者の町) と呼ばれることがありますが、キリスト教徒は墓地を 「コイメテリオン」 (眠る場所)とも呼びました。この言葉は、英語の cemetery やイタリア語の cimitero など、現代の言葉にも受け継
2026年10月11日 年間第28主日
A年 年間第28主日 みことばのメッセージ 今日の聖書朗読を一つに結んでいるのは、「宴」というイメージです。 宴というものは、どの文化でも、単に食事をする場ではありません。結婚式を考えればよく分かります。そこでは、喜びを一人で味わうのではなく、家族や友人、多くの人々と分かち合います。食卓を囲むことによって、友情や親しさ、交わりが生まれます。 今日の聖書が私たちに示している神も、そのような方です。神は御自分の喜びを人間と分かち合おうとされる。だから私たちを宴へと招かれるのです。その究極的なものが神の子羊の婚宴なのです。 第一朗読でイザヤは、シオンの山で神が盛大な宴を準備される姿を描いています。しかも、そこに招かれるのは一部の特別な人ではありません。「すべての民」です。その宴では、人間の顔を覆っている悲しみの覆いが取り除かれ、神はすべての顔から涙をぬぐわれます。そしてついには、「死を永久に滅ぼされる」と言われます。 ですから、この宴とは単なる食事ではありません。神が人間を御自分との交わりへ招き、悲しみも涙も、そして死さえも乗り越えてくださるという、
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