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2026年10・11月号 巻頭言
『 復活のいのち 』 主任司祭 使徒ヨハネ 田中 昇 ≪カタコンベに見る復活への希望≫ 皆さんは、ローマにあるカタコンベをご存じでしょうか。カタコンベは、アッピア街道沿いだけでなく、ローマ市内の古い聖堂の周辺などにも存在しています。ローマには、旧市街地区を除いても63か所ものカタコンベがあるといわれています。カタコンベとは、一般に 「地下墓地」 を意味する言葉です。実は、こうした地下墓地はキリスト教徒だけのものではありません。ユダヤ教徒や異教徒の墓地も存在し、互いに隣接している場合もあります。しかし、墓地を表す言葉には興味深い違いがあります。古代の墓地は、ギリシア語で 「ネクロポリス」(死者の町) と呼ばれることがありますが、キリスト教徒は墓地を 「コイメテリオン」 (眠る場所)とも呼びました。この言葉は、英語の cemetery やイタリア語の cimitero など、現代の言葉にも受け継
2026年8・9月号 巻頭言
『 平和を実現する人は幸い(マタ5:9) 』 主任司祭 使徒ヨハネ 田中 昇 いつも夏になると、皆が 「平和、平和」 と言い始める。戦争反対、憲法九条、核兵器廃絶。さまざまな主張が飛び交うが、冷静に聞いていると、それぞれの言う平和が、どこか腑に落ちないことばかりだ。人間は立場も利害も正義も違う。平和という言葉は、政治や思想によって色づけられ、自分の立場を正当化する便利な標語にもなり得る。 しかし、私たちにはみことばがある。聖書で平和を表すヘブライ語の 「シャローム」、ギリシア語の 「エイレネー」は、単に戦争や争いがない状態を意味しない。壊れた関係が回復され、欠けていたものが満たされ、神と人、人と人との間に正しい秩序と調和が取り戻された、完全で健全な状態を指す。たとえ困難のただ中にあっても、神の義と慈しみが満ちている時、聖書は平和という言葉を使っている。 イエスは 「平和を実現する人々
2026年6・7月号 巻頭言
『 信徒使徒職を考え直すとき 』 主任司祭 使徒ヨハネ 田中 昇 今からちょうど60年前、第二バチカン公会議は、信徒の使命を、司祭や修道者の手伝いとしてではなく、洗礼によって与えられた大切な固有の召命として示しました。信徒は、教会の中だけでなく、家庭、職場、学校、地域社会の中で、キリストを証しするよう招かれています。 日本の教会は、社会の中では小さな群れです。データ上のカトリック信者数は対人口比率で0.3%と非常に小さく(外国籍信徒を含めると0.7%と推計されています)、司祭や修道者も年々減少しています。そのため小教区の歩みは、信徒の皆さんの力なしには成り立ちません。典礼奉仕、信仰教育、福祉活動、宣教広報、財務会計、施設の維持管理、行事の企画準備など、多くの働きが信徒の力によって支えられています。これは単なる 「人手不足の穴埋め」 ではありません。教会を共に担う信徒自身の尊い使命です。 しかし、信徒使徒職の中
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