20.奉献文④―「Epiclesis」
- 7月27日
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ミサの中心である感謝の典礼では、司祭が奉献文を唱えます。
その中で大切な祈りの一つが 「エピクレーシス」 です。エピクレーシスとは、ギリシア語で 「呼び求めること」 を意味します。典礼では、神に聖霊の働きを願い求める祈りを指します。水や油の祝別でも唱えられます。
ミサの中で司祭は、パンとぶどう酒の上に手を伸べ、御父に聖霊を注いでくださるよう祈ります。それは、パンとぶどう酒が私たちのためにキリストの御体と御血となるためです。東方教会では聖変化の根拠はこのエピクレーシスにあるとされてきました。司祭は教会を代表して祈ります。
しかし実際に働いているのは神ご自身です。御父が聖霊を遣わし、御子キリストをパンとぶどう酒の形のもとに現存させてくださいます。
したがって、ミサは三位一体の神のわざです。奉献文には、もう一つのエピクレーシスがあります。それは、聖体に与る私たちが、聖霊によって一つに結ばれるよう願う祈りです。
第三奉献文では、キリストの御体と御血によって養われる私たちが、聖霊に満たされ、「キリストの内に、一つの体、一つの心」 となるよう祈ります。
つまり、聖体において変えられるのは、パンとぶどう酒だけではありません。聖体をいただく私たち自身も、キリストの体である教会として造り変えられていくのです。この意味で聖体拝領は 「私とイエス」 だけの出来事ではなく同じ信仰の内にキリストの御体を分かち合う私達が互いに兄弟姉妹として結ばれ教会を一つにするのです。
聖体は、私たちをキリストの愛、一致、和解へと導きます。エピクレーシスは、聖体が聖霊の働きによる恵みであることを教えます。そして同時に、私たち自身が聖霊によって変えられ、キリストのうちに一つの教会とされるよう招かれていることを思い起こさせます。ミサの中で司祭が聖霊を願うとき、私たちも心の中で祈ることができます。「主よ、この供えものを聖なるものとしてください。そして、私たち自身も聖なるものとしてください。私たちを一つの心、一つの体、一つの教会にしてください」 と。
