26. 感謝の祭儀 交わりの儀②―主の祈りの副文
- 8月25日
- 読了時間: 2分
ミサの 「主の祈り」 に続いて、司祭はこう祈ります。 「いつくしみ深い父よ、すべての悪からわたしたちを救い、世界に平和をお与えください」。
ここで願われる平和とは、単に争いがない状態ではなく、罪と苦悩から解放され、神への信頼のうちに生きる心の平和です。神の掟は、私たちを幸福へ導く道です。しかし我欲、高慢、嫉妬、色欲、貪欲に支配されると、心は落ち着きを失います。より多くの富や評価、快楽を求めながら、今あるものを失うことを恐れ続けるからです。
キリスト者もまた、仕事、小教区、家族、将来、経済状態、人からの評価などに不安を覚えます。責任を果たすことは必要ですが、心配が心全体を支配し、平和を奪うならば、それは神への信頼が弱まっているしるしです。
そこで司祭は、私たちを不安から解放し、キリストが与える深い平和を味わわせてくださるよう祈ります。そして、この世の試練の中でも、「救い主イエス・キリストが来られるのを待ち望む」 という希望へと私たちを導きます。
これに対して会衆は、「国と力と栄光は、永遠にあなたのもの」 と答えます。この言葉は、イエスが教えた主の祈りそのものには含まれていませんが、初代教会の感謝の祈りに由来し、『ディダケー』 にも見られます。
また、その原形は、ダビデ王の祈りにあります。「偉大さ、力、光輝、威光、栄光は、主よ、あなたのもの。国もあなたのもの」 (代上29・10―11)。
大きな権力と栄光を得たダビデは、晩年、それらが自分の所有物ではなく、すべて神から与えられた賜物であると悟りました。
私たちもミサのたびに同じ信仰を告白します。自分の力、才能、成功、善い行いのすべては、究極的には神からの贈り物です。だからこそ私たちは、不安の中でも神に信頼し、こう賛美するのです。「国と力と栄光は、永遠にあなたのもの」。
