23. 奉献文⑦―記念・奉献・取り次ぎの祈り
- 8月25日
- 読了時間: 2分
聖体制定のことばに続く奉献文の後半は、ミサの中で起こっている神秘を、教会があらためて深く受けとめて祈る部分です。
ここでは、キリストの受難・復活・昇天を 「記念」 し、十字架上の唯一のいけにえを御父に 「奉献」し、教会と世界、そして死者のために「取り次ぎの祈り」を捧げます。この 「記念・アナムネーシス」 は、単なる過去の回想ではありません。キリストの救いの出来事が、典礼の中で今ここに現存し、私たちはその恵みに参与します。
そして 「奉献」 において、教会はキリストの犠牲を御父に捧げるだけでなく、自分自身をもキリストに結ばれて捧げるよう招かれます。
ミサは、キリストだけが働かれる場ではなく教会全体がキリストに結ばれて神に向かう祈りでもあるのです。第一奉献文に登場するアベル、アブラハム、メルキゼデクの犠牲は、キリストの完全な奉献を前もって示すものです。アベルは神に最善をささげる姿を、アブラハムは愛するひとり子をささげようとする信仰を、メルキゼデクはパンとぶどう酒による神秘的な奉献を示しています。
これらはすべて、十字架上で御父に完全にささげられたキリストへと向かっています。さらに奉献文の終わりには、全教会のため、それを司る教皇と司教たちのため、神の民全員のため、全世界の平和と救いのため、そして亡くなった人々のためにとりなしを祈ります。
こうしてミサは、祭壇の上だけに閉じた出来事ではなく、教会全体、世界全体、生者と死者を包み込む祈りとなります。この箇所は、ミサが 「キリストの記念」 であり、「教会の奉献」 であり、「全世界のための取り次ぎ」 であることを教えてくれます。
私たちは奉献文を通して、キリストのいけにえに結ばれ、自分自身をも神にささげる者へと導かれていくのです。
