2026年6・7月号 巻頭言
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『 信徒使徒職を考え直すとき 』
主任司祭 使徒ヨハネ 田中 昇
今からちょうど60年前、第二バチカン公会議は、信徒の使命を、司祭や修道者の手伝いとしてではなく、洗礼によって与えられた大切な固有の召命として示しました。信徒は、教会の中だけでなく、家庭、職場、学校、地域社会の中で、キリストを証しするよう招かれています。
日本の教会は、社会の中では小さな群れです。データ上のカトリック信者数は対人口比率で0.3%と非常に小さく(外国籍信徒を含めると0.7%と推計されています)、司祭や修道者も年々減少しています。そのため小教区の歩みは、信徒の皆さんの力なしには成り立ちません。典礼奉仕、信仰教育、福祉活動、宣教広報、財務会計、施設の維持管理、行事の企画準備など、多くの働きが信徒の力によって支えられています。これは単なる 「人手不足の穴埋め」 ではありません。教会を共に担う信徒自身の尊い使命です。
しかし、信徒使徒職の中心と目的は、教会の中の仕事だけではありません。むしろ大切なのは、日々の生活の中で福音を生きることです。家庭で、職場で、地域で、誠実に働き、人を大切にし、弱い立場の人に寄り添い、希望を失わずに生きること。その一つ一つが、キリストを証しする大切な使徒職です。
また今の日本の教会は、豊島教会がそうであるように、多国籍・多言語・多文化の共同体になりつつあります。国籍や言葉、習慣の違いを超えて、互いに耳を傾け、支え合い、共に歩むことは、現代の日本社会に対する大きな福音の証しです。そのために必要なのは、単に仕事を分担することではありません。まず聖書を学び、祈りを深め、相互の対話を促進し、共に信仰のあり方を識別し続けることです。少数の人だけに負担が集中したり、限られた人だけで教会を動かしたりするなら、共同体は独善的な組織になったり、疲弊してしまったりします。教会は、一部の人のものではなく、洗礼を受けたすべての人が共に歩む神の民です。
信徒使徒職とは、教会を内側で回すための制度ではありません。洗礼によってキリストに結ばれた私たち一人ひとりが、この世界の中で福音を生き、教会を共に築いていく道です。日本の教会の未来は、信徒の皆さんがこの召命をどれだけ喜びをもって受け止め、共に歩んでくださるかにかかっています。聖職者はそのため支え、励まし、助けとなるよう奉仕の務めを果たします。小さな働きも、神の前では決して小さくありません。私たち一人ひとりの信仰の歩みが、教会を支え、社会に福音の光を届ける力となります。
