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2026年10・11月号 巻頭言

10月9日
読了時間: 3分

『 復活のいのち 』



                               主任司祭 使徒ヨハネ 田中 昇   

                        

≪カタコンベに見る復活への希望≫


皆さんは、ローマにあるカタコンベをご存じでしょうか。カタコンベは、アッピア街道沿いだけでなく、ローマ市内の古い聖堂の周辺などにも存在しています。ローマには、旧市街地区を除いても63か所ものカタコンベがあるといわれています。カタコンベとは、一般に 「地下墓地」 を意味する言葉です。実は、こうした地下墓地はキリスト教徒だけのものではありません。ユダヤ教徒や異教徒の墓地も存在し、互いに隣接している場合もあります。しかし、墓地を表す言葉には興味深い違いがあります。古代の墓地は、ギリシア語で 「ネクロポリス」(死者の町) と呼ばれることがありますが、キリスト教徒は墓地を 「コイメテリオン」 (眠る場所)とも呼びました。この言葉は、英語の cemetery やイタリア語の cimitero など、現代の言葉にも受け継がれています。

「眠る場所」 という表現には、キリスト教の死生観がよく表れています。

 

聖パウロは、亡くなったキリスト者を 「キリストを信じて眠りについた人々」(一コリント15・18参照) と呼んでいます。また、ヨハネ福音書では、イエスが亡くなったラザロについて 「わたしたちの友ラザロが眠っている」(ヨハネ11・11)と語られます。つまり、キリスト者にとって死はすべての終わりではありません。死者は、神のもとで復活の時を待つ者として理解されます。「眠り」 という表現には、やがて目覚め、新しい命へと呼び起こされるという希望が込められているのです。

 

初代教会のキリスト者たちがカタコンベを設けたのも、単に迫害を逃れるためではありませんでした。彼らは、先に亡くなった信仰の仲間たちを大切に葬り、その墓を訪れ、祈りや記念の祭儀を行いました。墓地は、死者を記憶し、復活への希望を分かち合う場所でもあったのです。実際、カタコンベは一般に考えられているような秘密の避難場所ではなく、その存在は当時の社会にも知られていました。私たちキリスト者は、死者の中から復活されたイエス・キリストの命に、永遠に結ばれることを望んでいます。これこそ、私たちの信仰の根幹にある希望です。そして、私たちに先立って亡くなった人々もまた、復活の主の御手に委ねられていると信じています。

 

聖パウロは、「生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです」(ローマ14・8) と語っています。キリストに属する者にとって、死はもはや人生の終着点ではありません。地上の歩みを神に委ね、永遠の命へと入っていく門なのです。しかも、この永遠の命は、死後になって初めて始まるものではありません。私たちは、すでにこの地上で、キリストと結ばれて生きることによって、永遠の命にあずかり始めています。神を愛し、隣人を愛し、キリストの愛を日々の生活の中で実践するとき、私たちはすでに永遠の命へと続く道を歩んでいるのです。

皆さん、復活の希望を胸に、今日もキリストとともに、この道を歩んでまいりましょう。

 
 
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