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14.奉納①―供えものの準備

  • 7月27日
  • 読了時間: 2分

 ミサ後半の 「感謝の典礼」 では、司祭が最後の晩餐でイエスがなさったことを記念し、パンとぶどう酒を聖別して、キリストの御体と御血として現存させます。この部分は、①供えものの準備、②奉献文・感謝の祈り、③交わりの儀、の三つに分けて考えることができます。

 このうち 「供えものの準備」 は、初代教会の実践に起源があります。

 信者たちはパンとぶどう酒だけでなく、油、蜂蜜、果実、羊毛なども祭壇に運びました。それらは典礼のためだけでなく、司祭の生活を支えたり、貧しい人々を助けたりするためにも用いられました。したがって奉納とは、単に物を差し出す行為ではなく、自分自身の生活や労働の実りを神にささげる行為だといえます。 

 パンとぶどう酒には、聖書における深い意味があります。パンは人間の命を支える基本的な食物であり、旧約において神への供えものとして用いられてきました。ぶどう酒もまた、日常の食卓や祝祭に欠かせないものであり、献酒として神にささげられました。したがって、これらをささげることは、物そのものを差し出すだけでなく、自分自身を神に奉献することを象徴していました。今日のミサでも同じです。パンとぶどう酒は 「大地の恵み、労働の実り」 として神にささげられます。そこには、被造物への感謝だけでなく、私たち自身の人生、労苦、時間、努力のすべてを神にゆだねる意味が込められています。

献金についても同様です。献金は単なる経済的援助ではなく、自分の生活時間と労働の実りを神にささげる行為です。初代教会においても、共同体や困窮する教会を支えるための募金が行われていました。もっとも、神ご自身が私たちの供えものを必要としているわけではありません。むしろ大切なのは、私たちがこうした小さなささげものを通して、自分自身を神にささげる愛のうちに成長していくことです。そして、その小さな供えものが、キリストの完全ないけにえと結び合わされるとき、そこに大きな価値が生まれるのです。私たちはそれを祭壇からいただくことになります。

 このように奉納とは、パン、ぶどう酒、献金に象徴される私たちの生活全体をキリストに託し、そのキリストの御父への完全ないけにえに結び合わせる行為です。祭壇は、その結びつきが現実となる場なのです。

 
 
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